「たまたま」の成功を自分の実力と勘違いしない。株を守りて兎を待つ。(韓非子)

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ある起業家の話である。

その起業家は、起業し「ゲーム」事業を立ち上げた。

お手軽に楽しめるのと、キャラクターのかわいさなどから、「たまたま」大ヒットした。

それに味を占め、どんどん巨額の広告宣伝費をつぎ込んだ。

起業家はさらに、そのゲームに関するキャラクターグッズなどを販売したり、「ゲーム本業」とは関係ない分野にまで手を広げた。売れに売れて、売上は70億円ほどになった。

が、しかし、ブームはいつの間にか去ってしまい、全くと言っていいほどそのゲームは売れなくなってしまった。もちろんグッズも。資金はショートし、結果的に倒産してしまった。

残ったのは70億円を超える借金だけであった。

 

昔々の故事成語にこんなものがある。

「株を守りて兎を待つ」

(韓非子)

どのような意味か?

農夫がある時、畑を耕していたら、目の前の切り株に「たまたま」ぶつかって兎が死んだ。

すると、農夫は楽して兎をゲットできたから、「次もいけるんじゃないか?」と勘違い。

農作業をやめて、切り株の前で待つ毎日。

しかし、待てども待てども兎はゲットできなかったというお話。

 

このことから分かるのは「たまたま」や「偶然」で得た成功にしがみつかないことの大切さである。

例えば、学生時代に「たまたま」異性から告白され、良い思いをし、「自分はモテる」と勘違い。自分を磨く努力を怠ってしまった。相手を思いやる心も育まなかった。

しかし、待てども待てども異性とお付き合いする機会もなく年を重ねてしまったなど。

 

また、投資でも同じような例がよくある。

「たまたま」買った株が大幅に上昇してしまった。すると、これを「自分の実力」と勘違い。「自分は投資の天才だ」などと。

最悪の場合は勤めている会社を辞めてしまったり、会社経営者なら本業を忘れて投資にのめりこんでしまったり。

ところが、その勝ちはたまたまであり、実力ではなかったので、次に株で勝つことはなく、気づいた時には取り返しのつかない不幸な状態になってしまうなど。

 

経営でも同じことが言える。

「たまたま」時代の風が吹き、自分の実力とは関係なく商品がヒットしてしまうことはある。

が、その成功に浮かれ、しがみつき、「自分の実力」と勘違いしてしまうと、次が続かない。

そうならないためには、「たまたま」や「偶然」の成功は「特需」と割り切ること。自分の実力ではないと思うこと。

そして、謙虚に学ぶ姿勢を持ち、自分の実力を伸ばす努力を怠らないこと。今の成功は忘れて、次の成功を得るために精進することである。

「株を守りて兎を待つ」

肝に銘じたい故事成語の1つである。

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