凡人だからといって、天才に勝てないか?というと、必ずしもそうとは言い切れない。
ここに荀子の有名な句がある。
「驥(き)は一日にして千里なるも、駑馬(どば)も十駕(じゅうが)すれば則ち亦之に及ぶ。」
(荀子)
どういう意味か?
驥(き)とは、天才的な名馬のこと。
駑馬(どば)とは、才能がない鈍足の馬のこと。
名馬の方は1日に千里を走るから凄いかもしれない。が、鈍足の馬といえども、走り続けてさえいれば、名馬に追いつくものであるとの意。
確かに天才的な人は出世が早いかもしれない。頭角を現すのが早いかもしれない。
が、歩みを止めていたら、歩み続ける凡人でも追いつくことができたりする。
例えば、私は一時、将棋にハマっていたことがある。短期集中で訓練し、ある将棋アプリで1級ぐらいまで昇級した。同時期に当塾のH君も将棋を始めていた。彼は最初は弱かった。しかし、私の方は飽きたので将棋を止めてしまった。
何年後かして、H君から驚きの報告があった。なんと、あれから毎日コツコツと将棋を続けていて、1級まで到達したとのこと。もうすでに私は止めてしまったので彼には将棋は敵わない。
まさに、先を行く馬が後から来た馬に追い越されてしまった典型事例である。
また、私が好きで何度も読んでいる投資の名著に『一流投資家が人生で一番大切にしていること(ウィリアム・グリーン著、早川書房)』がある。
この本は、様々な成功投資家の逸話や考え方が書かれているのだが、面白いのは投資ノウハウやテクニックについてではなく、主に「人生訓」や「幸福哲学」について書かれている点である。
そこに書かれている凄腕投資家の一人トム・ゲイナーの言葉をピックアップしてみたい。
「私は何事にも一番になったことはない。落ち着いて行動し、仕事はできるし、能力もあると思うが、一番ではなかった。だが、父が言っていたように、いちばんだいじな能力は”停止しない安定性”だ。ひとつのことを何度も繰りかえしやりつづけていれば、勝負の場にとどまっていられる。いつかふと気づいたら、競争相手がぐっと減った場所で自分が先頭に立っていてびっくりするんだ。」
(『一流投資家が人生で一番大切にしていること(ウィリアム・グリーン著、早川書房)』p272より引用)
トム・ゲイナーは自分のことを凡人であり、一番になったことはないと言っている。が、やり続けていたら、いつの間にかトップになっていることがあると。
確かに会社経営でもよくある。事業参入当初はライバル多数だが、ずっとやり続けていると、いつの間にかライバルたちが撤退し、残っているのは数社だけなど。
ライバル多数の時は利益率が低くて大変かもしれない。が、ライバルがそれに耐えられずに撤退すると、彼らのお客さんが残った数社に流れ、残存者利益が増えたりする。
凡人でも構わない。走り続けていれば天才馬より前を走っていることがあるから人生は面白いものである。